大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和40年(行ウ)15号 判決 1965年10月30日

原告 高橋敬明 外五名

被告 東京法務局日本橋出張所登記官

訴訟代理人 岩佐善己 外一名

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事  実 <省略>

理由

一  請求原因一、二、三(一)の各事実は当事者間に争いがなく、原告らの各登記申請が却下された当時、原告らの辞任により訴外会社は法律に定めた員数の取締役あるいは監査役の数を欠くことになるにもかかわらず、いまだその後任者の就任がなかつたことは原告らの明らかに争わないところである(原告らの辞任後後任者の選任がなされていなかつたことは当事者間に争いがない。)からこれを自白したものとみなす。

二  ところで株式会社の取締役又は監査役の退任は、その事由が何であれ、商法第一八八条第三項の準用する同法第六七条にいう変更に当るものである一方、商法第二五八条の規定(同法第二八〇条により監査役に準用)は、辞任又は任期満了により取締役の任務が終了した場合において法律又は定款に定めた員数の取締役がないこととなつたときには、右の退任した取締役がなお新たに選任された取締役の就職するまで、取締役の権利義務を有する旨を規定したにすぎず、したがつて取締役がその地位を失つた以上は後任者の就職がなくても登記事項に変更のあつたことには変りはないものと解する余地がないではない。そしてかように解すれば、取締役又は監査役の辞任による退任は、その結果法律又は定款に定めた員数を欠くこととなつた場合においても右辞任による退任の旨を登記すべきこととなろう。(大決大二、一二、一二、民録一九-一〇一六頁参照)。しかしながら利害関係人及び一般公衆に対し取引上重要な事項を知らしめて不測の損害を防止することを目的とする商業登記制度の趣旨にかんがみるときは右にいう株式会社の取締役の権利義務を有する者は、法律上取締役そのものではないにもせよ、これを何らかの形で公示するのが取引の安全を全うするゆえんであることはうたがいのないところである。しかるに商法はかかる者について特別の登記をすることの配慮をしていないのである。それ故取締役が辞任又は任期満了して退任しても、なおその者がその後も取締役としての権利義務を有する限りは、登記簿上それらの者がなお取締役の地位にある者と等しく取締役として登記されるべきものと解することは、商法第二五八条第二項の一時取締役の職務を行うべき者につき登記がなされること等との比較からしても合理的であり、登記実務上そのような取扱いがなされることも理由のあることといわなければならない。そして右の理は株式会社の監査役についても何ら異なるところはないのである。すなわち右の趣旨からみれば、取締役又は監査役の辞任又は任期満了による退任があつても、商法第二五八条第一項の適用又は準用をみる場合においては、その退任者については同条による権利義務を有しなくなつたときにはじめて商法第六七条にいう登記事項の変更を生ずるものと解するのが相当と考えられる。

三  そうすると、本件は、原告らがそれぞれなお訴外会社の取締役又は監査役の権利義務を有する場合なのであるから、同条の変更はいまだ生じていないわけであつて、その限りにおいて登記すべき事項は不存在であるといわざるをえないところ、登記すべき事項が不存在であるにもかかわらずなされた商業登記の申請は、商業登記法第二四条第一〇号にいう登記すべき事項につき無効又は取消しの原因があるときに準じてこれを却下すべきものと解するのが相当である。

四  なお原告らは、被告が東京地方裁判所昭和三八年(ワ)第三、七八八号事件についての確定判決に拘束される旨を主張するけれども、右判決の既判力が被告に及ぶべきいわれはないのみならず、右判決はその確定によつて単に訴外会社が意思表示をなしたものとみなされるにすぎないのであつて、所轄登記所の登記官がこの意思表示に基づく登記の申請についていかなる処理をなすべきかについてまでかかわりを有するものではないのである。

五  以上のとおりであるから、原告らのなしたそれぞれの株式会社変更登記申請につき、これを却下した被告の処分は結局正当であつて違法の点はないものというべく、右却下処分の取消し求める原告らの本訴請求は理由がないから、これを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 位野木益雄 高林克巳 仙田富士夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例